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最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)1093号 判決 1963年1月31日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人代表者三浦寅之助、上告代理人弁護士荻原竹治郎、同柳川澄の上告理由第一点の一の(1)について、

選挙事務従事者の不在証明は選挙管理委員会の委員長において、これをなすべき筋合のものであることは所論のとおりであるが、原判示のような場合には、市長は勿論、市長職務執行代理者において、これをなすを妨げとするものではなく、その故に当該証明が違法となるものでないことは、昭和三二年一一月七日言渡の当裁判所第一小法廷判決(民集一一巻一二号一八八七頁)の趣旨とするところであるから、この点に関する所論は理由がない。所論指摘の判例は本件と事案を異にし、適切のものとは認められない。次に所論は、不在証明は市長若しくは市長職務執行代理者が作成し得るとし、本件の場合杉山誠一において(一)市長の職務執行代理者として、或は(二)その単なる事務補助者として作成したものとすれば、(一)の場合はその資格を明記すべく、(二)の場合は市長の名において作成さるべき筋合なるにかかわらず、本件においては単に企画調査室長杉山誠一の名において作成されているのであつて、かかる名の下において作成された不在証明書は到底適法のものとは認め難いと主張する。しかし、原判示によれば、三浦市役所において企画調査室長として人事、統計、広報、企画に関する事務を分掌していた杉山誠一は、市長の認容の下に選挙管理委員会と連絡の上本件不在証明を作成したというのであるから、このような場合には、杉山誠一において市長に属する事務を単に補助したに過ぎなかつたとしても、不在証明は必ずしも市長名義において作成するを要せず、単に企画調査室長杉山誠一の名において作成するも妨げなく、だからといつてこれをもつて適法でないものと言うことはできない。原判決のこの点の判断は右と同一轍に帰するものであつて、所論は独自の見解というの外なく、採るを得ない。

同(2)について、

しかし、原判示によれば、所論不在証明の本文に、「右の事由によつて選挙の当日自ら投票所に行つて投票することができない見込である」旨の記載が認められるというのであるから、この場合不在投票欄に当該選挙人がいずれの投票区の選挙事務に従事するかが具体的に記載されていなくとも、右本文の記載と他の記載とを照合すれば、法四九条第一号に該当する事由の記載あるものと認めて毫末も妨げないものと解するを相当とする。これと同一趣旨に帰した原判決の判断は正当であつて、所論はこれ亦独自の見解というの外なく、採用に由がない。

同二の(1)及び(2)について、

公職選挙法施行令五二条一項一号の証明者が会社の長またはその代理人でなければならないことは規定上明らかである。しかし、長が証明するといつても、ひつきようするに会社の代表者として証明するのであるから、単に会社名をもつてした証明も結局は代表者がしたものに外ならないものと解すべきである。従つて、会社名だけしかないという証明も代表者がなしたものと解し得られないわけではない。されば、この点の原判決の判断も正当であり、これに反する所論は独自の見解であつて、採るに足りない。次にこれらの証明の不在事由として「冷凍魚水揚」等の記載があるのみであることは、原判決も認めるところであるが、原判示によれば、冷凍魚が三浦市に陸揚されることは稀であつて、陸揚の多くは、横浜、東京、清水において行われ、冷凍魚水揚に従事するといえば、大多数の人は三浦市以外の場所に赴くことを意味するものと解され、且つ、この種の証明については、不在者投票事務担当者が行先等を確かめた上で証明書を受理し、投票用紙等を交付の上投票をさせたというのであるから、右のように不在事由の記載が簡略であつても、その土地柄の事情から不在事由が推知でき、しかも口頭で行先までも確かめて投票させたというのが原判決の認定であるから、右証明の記載が不在者投票事由を推知することができるというだけであつて証明自体から右事由が認められない、従つて適法な証明ということができないとする所論は、これ亦独自の見方という外なく、採用できない。

同三の(1)ないし(4)について、

論旨は、原判決が別表一三三ないし四五二の不在者投票について不在証明書記載の不在事由では不在事由の存在は確認できないにかかわらず、かかる証明による不在者投票を是認した原判決は違法であるという趣旨に帰する。

所論の各証明書には、不在事由として「出張」「用務出張の為」「公休日にて出張予定」「昼夜運転」「遠距離運転」「冷凍魚荷役」「出港のため」等の記載あることは原判決の確定するところである。これらの記載だけでは、不在事由の記載として不備ではないかとの疑の存することは言うまでもない。公職選挙法四九条は、その一号で選挙人が市町村の区域外で職務又は業務に従事中であるべきことを、その二号で選挙人がやむを得ない用務又は事故のため市町村の区域外に旅行中又は滞在中であるべきことを、それぞれ不在者投票の事由として規定しており、それらの場合にあたるかどうかは、その土地の実情、習慣、当該選挙人の職業等を離れては判断できない場合もあるものといわなければならない。原判決は、所論三二〇件の不在者投票のうち三一一件について、三浦市における実情を詳細に認定した上で、それぞれの選挙人の職業との関連において、選挙管理委員会の委員長が、これら不在事由の記載のある証明書により不在者投票の事由のあるものと認めて用紙等を交付し、よつて不在者投票をしたことを選挙の規定に違反しないとしているのであつて、この点に関する原判示は十分に首肯することができる。

論旨はまた、原判決が、これらの証明書を提出した選挙人に対し、係員が口頭でその行先、期間等を確かめた事実を認定したのに対し、不適法な証明書は口頭をもつて補充することはできない旨を主張するのである。もとより、不在証明書が全く権限のない者によつて作成されているとか、あるいはまた、記載の不在事由が法律所定の場合にあたらないときは、選挙人が口頭によつて補充したからといつて不適法な証明書が適法な証明書になる理由はない。しかし、本件のように、一応不在事由の記載されている証明書について、不十分な部分について選挙人の説明を求め不在者投票事由を確かめることは何等違法とすべき理由はない。証明書の不在事由の記載が一見して法律の規定する不在事由に該当することが明白な程度に記載されていることは、もとより望ましいことではあるが、同法施行令五二条所定の証明者は、平素から選挙事務に従事している者ではなく、これらの者に対し上告人主張のような完全な証明書を要求することは、むしろ難きを強いるものといわなければならない。不在者投票は、当日投票に対する例外的な投票であり、不正行為に利用されるおそれもあり、みだりに不在者投票をゆるすべきではないけれども、本件のような証明書をすべて不適法とし不在者投票をゆるさないとすることは、かえつて不在者投票制度の趣旨を没却するものといわなければならない。論旨援用の昭和二七年一二月二四日当裁判所判決は本件と関連がない。論旨は採用できない。なお附言するが、原判決は不在証明作成者の判断の外において実質的にその適否を判断しているものではない。

同四について、

証明書の不在事由の記載に行先を補充記入した場合においても、よつて行われた不在者投票を違法といえないことは、前段説明と同様の理由により、明らかである。

同五について、

論旨は、原判決別表四五三乃至五七七及び選挙人石渡茂、同直井いちこの不在者投票について、原判決が、公職選挙法施行令五二条三項の疎明があつたものとし、その不在者投票を是認したのを非難するのである。

右施行令五二条三項の疎明は、不在証明書を提出できない理由の疎明と不在事由についての疎明とを含むものと解されるのであるが、原判決は、所論各選挙人について、集金旅行、出漁、病気見舞等の選挙当日の不在事由を認定し、また、証明書を提出できない理由として、不在者投票をした日が選挙の前日の土曜日であつたため、または、証明者が三浦市にいなかつたこと等により、証明書を得る余裕がなかつた事実を認定しているのである。そして、投票管理者がこれらの選挙人から疎明書を徴した事実から、疎明書記載内容のみならず、右述の事由についても疎明があつたものと認定しているのである。この点に関する原判決の説明は首肯できないわけではなく、論旨は理由がないものといわなければならない。

同第二点について、

論旨は、原判決が一九六件の違法な不在者投票があつても、本件選挙の当落得票差より少いから選挙の結果に異動を及ぼす虞がないとしたのを非難するのであるが、要するに、右一九六票を、原判示のように、当選人の得票数から差し引くに止めず、さらに落選人の得票数に加えて見て、両者を比較して結果に異動を生ずる虞があるかどうかを考えて見るべきであるというのである。

しかし、右一九六票は、若し違法投票であるとするならば、いずれの候補者の得票中に存在するのか不明であるから、当選人の得票から差し引いて見るべきであるが、若しこれらの不在者投票を拒否すべきものであつて、これを拒否したとしても、これらの選挙人が、その後正当に投票するかどうかは予期できないのである。本件のような場合は、違法な投票拒否の場合のように、選挙執行機関の違法行為によつて、本来あるべき投票が不法に除外されたのではないから、右一九六票を、所論のように、落選人の得票数に加えて見る必要もないのである。所論引用の各判例は本件に適切でない。されば原判決の結果に異動を及ぼす虞の有無に関する判断は正当であつて、論旨は採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 入江俊郎 裁判官 高木常七 裁判官 斉藤朔郎)

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